歯を失うということ

投稿者: | 2010年5月13日

 前章までに、むし歯や歯周病、その他の歯や口の中の病気にならないためにできること、もしもなったらどんな治療を行うかについて述べてきました。
 治療の手を施せなくなってしまった歯の最終手段は、抜歯です。残念ながら歯を失ってしまったとき、どんな方法でかむ力を再生することができるのかについて述べる前に、歯を失うことが、人のからだにどんなダメージを与えるのかについてお話してみようと思います。
◆1本抜けるだけでもかみ合わせにゆがみが・・・
歯は親知らずを合わせて上下合わせて32本生えています。それぞれの歯はバラバラに動くのではなく、上下それぞれ1列がセットになって(歯列)、上下の歯がかみ合うことでかむときにかかる力を分散させて効率よくものをかんでいます。
歯を1本でも失うと、かみ合わせが崩れてかむ力に大きな影響を与えるのはこのためです。今までのように食べているつもりでも、食べこぼしをしてしまったり、飲みみ込みがうまくいかないため、胃にも負担がかかります。前歯を2本以上失うと、顔の形も変わってしまいます。
 前歯が抜けると、まず見た目が悪くなることを考えますよね。見た目を気にすると、つい抜けた歯を隠そうとして口を大きく開けることができず、対人関係に支障をきたすこともあるでしょう。抜けた歯の隙間から空気がもれるので、はっきりとした発音もできなくなります。
 しかし、なにより重要なのは、前歯が行う「食べ物をかみ切る」という作業がうまくいかなくなることです。
 また、奥歯は、前歯がひと口大にかみ切った食べ物を、舌の力を借りながらすりつぶしたりかみくだいたりしますが、奥歯が抜けてしまうと、抜けていないほうの奥歯ばかりを使うようになって、かみ合わせにゆがみがでます。下の奥歯が抜けると、その歯とかみ合っていた上の奥歯が、下の奥歯があったところの隙間に向かって出っ張るように伸び、歯の根がむき出しになってくることもあります。
◆歯並びも悪くなります
 歯の骨は生きていて、常に再生していますから、歯が抜けると抜けた歯のスペースに隣の歯が傾いてきます。長いこと歯を抜けたままにしておくと、抜けた歯の隣や上の歯だけへの影響にとどまらず、ほかの歯もどんどん移動して、しまいには抜けた歯のスペースがうまってしまうこともあります。
 アゴのスペースに対して少ない本数の歯が並んでいるわけですから、歯並びが悪くなってかみ合わせがうまくいかず、きちんとものをかむことができなくなります。抜けた歯のところにできた空間は、固定され続けるわけではないのです。
 また、歯は垂直方向の力には強いのですが、横からの力にはめっぽう弱いので、傾いて生えた歯には相当大きな力がかかってしまいます。その結果、歯が痛くなったり、グラグラしてくることもあり、健康な歯へのダメージも避けられません。
 さらに、歯並びが悪くなることで歯磨きもゆき届かず、むし歯や歯周病にかかるリスクも高くなってしまうのです。
◆どんなときに抜歯しなければいけないの?
 事故やケガで歯を自然に失うということはまれなことですよね。できれば抜かずにすませたい歯をどうしても抜かなければならないケースはどんなときでしょう。また、あえて抜かない方法を考えるときはというと……。
★からだに害を与えると判断したとき
 第3章で述べたように、歯周病によってからだのほかの部位に害を与えるというような場合は、抜歯を決断することがあります。もちろんそれは、歯を抜いたあとどんな治療をするかを考えたうえでの判断となります。
★重度の歯周病で両側の歯が健康なとき
 重度の歯周病で、そのままにしておくと周りの歯にも影響がでると判断したときで、両側に比較的健康な歯があるときは抜歯を判断します。抜歯してからブリッジにすることができるからです。
★ともかく抜きたくないという患者さんの場合
 どんなに歯の状態が悪くなっても歯を抜きたくないという患者さんがいます。
 ひどくなった歯周病で歯の根の先に膿がたまると、からだのあちこちに害を与えることになります。見かけが悪くなるのが嫌だから歯は残したい、歯周病を治して、またふつうにかめるようになりたいといっても、歯の骨の状態次第ではそれはかなわぬ夢であることを知ってもらいたいと思います。
◆歯がダメになったら、なんらかの犠牲は仕方がない
 歯が使い物にならなくなったら、歯にお金がかかるのは仕方がありません。
 麻酔を打って、抜歯をし、歯の切除や歯肉の再生など外科的な手術が必要になるのですから、やはりお金はかかります。できるだけ安く、しかもきれいでかむことに支障がないようにといってもそれは難しい注文です。
 何を犠牲にして何を守るのかは、医師とよく話して、よい方法をさぐっていかなければいけません。この章では、失った歯を取り戻すための4つの方法、ブリッジ、部分入れ歯、総入れ歯、インブラントについて述べていきます。
★自家移植という方法もある
 生えきらなかった親知らずなど、たまたま口の中に使わないままの歯がある場合には、その歯を抜いて、抜けてしまった歯の部分に移し植えることができる場合があり、これを「自家移植」といいます。移し植えた歯は、うまくいけば2か月ぐらいで歯根を包み込む組織が再生し、かむ力もかんだ感じも自然になります。
 ただ、うまくいかないこともあって、移植した歯根が4~5年で溶けてしまうということもあります。自家移植は、ケガなどで歯が抜け落ちてしまった子どもの歯の再生から生まれた考え方です。自費での治療で、あくまでもブリッジ、入れ歯、インプラントなどで治療する前段階のトライアルととらえてください。